虔武館

『遍歴』

〔設立までの経緯(昭和50年~平成4年頃)〕

荻島剣道クラブの紹介欄を参照下さい。

 

〔試行期(平成4年~6年頃)〕

平成2~3年頃は、荻島剣道クラブから育った子供たちが、その後中学に行っても、剣道部の部活動を指導できる先生がおられず、他のクラブに変わる生徒が多発しました。

そこで平成4年の春から、越谷西中学校の校長先生との話し合いで、今で言う外部講師的な指導を中学校で行いました。

夕方の指導は時間的に困難ですので、早朝の勤務前及び休日を主体に指導しました。 深夜勤務が多く、厳しい状況でしたが、生徒たちは積極性のある子が多く、楽しく過ごしておりました。

 

〔設立期(平成6年~現在)〕

その後、西中に中尾潤先生(5段)が赴任され、先生自身の剣道の上達、また、中高生の継続等を念頭に、夜の時間帯に変え大人も含めた形で6年6月から「荻西剣道愛好会」として稽古会を始めました。

当初は、荻島剣道クラブの己ノ瀬弘司先生・永松富士恵先生に加え、雨宮蔵吉教士7段(消防庁勤務)小針昌浩錬士6段(システム経営者)等も指導に携わってくれました。

そして、10年4月に、正式に大人の部を「虔武館」と命名しました。

 

以後、荻島剣道クラブの内田雅之先生・堀川智子先生・御主人の堀川勝史先生教士7段(高校教師)、小林修錬士6段(警視庁勤務)も指導者に加わって頂き継続しております。

結びに、今後当館が10年20年と継続発展出来ますよう精進して参りたいと存じます。一層の御指導を賜りますようお願い申し上げます。

 

『指導方針』

当館は、礼儀を大事にし、高校・大学・社会人になっても通用する剣道の基本の養成及び社会人として世間に貢献できる人格の育成の一助を主眼に指導をしております。

 

 『道場のモットー』

「混然中處」 「一燈照隅満燈照国」 「卒啄同時」

※卒啄同時(そったくどうじ)の卒、正しくは口編に卒と書きます。

 

『館長』

初代  中村雅和

二代目 秋元 亮

 

『指導者』

師範  教士7段=永松教孝・己ノ瀬弘司・堀川勝史 副師範

錬士6段=永松富士恵・堀川智子・内田雅之・小針昌浩・小林修

 

『会員』(巣立った会員も含む)

井正幸・二瓶剛・中尾潤・杉谷和彦・高橋宏治・武元啓一郎・丸橋信夫・長谷川克巳・正木伸卓・竹田和彦・沼田陽助・伊藤大輔・高橋聡・小林貴典・飯島大輔・中尾穣・小田研二郎・永松武徳・佐々木亮・野田賢広・秋元孟・大塚剛・平田竜太・矢野貴之・山後和之・黒田知美・永松美穂・杉谷亮・佐々木海佳・野田宏康・廣澤恭平・中村晋・濱野武士・岡田圭太・篠田拓也・宮川優子・岩田隆太郎・中家由香理・武元隼人・篠田康平・永松彩香・榎戸涼子・岡田匡平・濱野美香・小川祥平・金子勇介・榎本茉莉那・秋元美穂・竹田芽生・向佐美穂・原田隆史・杉本雅美

 

 『清虔杯剣道大会』

子供たちの大会等で剣道の基本、礼儀がおろそかになりつつあることを憂い、夏季の日本武道館の基本練成大会に似通った大会を、平成10年から主催、21世紀となる平成13年から清虔杯剣道大会と命名し実施、本年12月11日は第5回大会となります。

「清虔」とは、教育界に多大な功績を残された「人生二度なし」等のお言葉で知られる「森信三先生」が好まれたもので、虔は慎と同義語といわれています。相田みつを先生の師は、坂村真民先生、真民先生の師は、森先生とお聞きしています。